製パンから酒造へ異業種参入。「日常に寄り添う」クラフトビールを食卓へ
クラフトビールの人気が高まる中、他業種から酒造に参入した企業が新たな原材料で作るビールが注目を集めています。
株式会社栄屋製パン(神奈川県海老名市)様は、2022年に酒造業へ進出。通常は飼料用として廃棄されるパンの耳を原材料にしたクラフトビールを製造し、サステナブルな飲料ブランド「Better life with upcycle」を展開しています。戦後から約80年、給食用や業務用に日々均一なパンを作ってきた職人技が、ビール作りにも生かされています。
当インタビューでは、酒造・酒販の申請に特化したアクセス行政書士法人の代表、大浦がクライアントと対談。今回は株式会社栄屋製パン専務取締役、吉岡謙一様に、酒造免許取得の経緯や事業のビジョンについて伺いました。
目次
パン職人の技術が光るビールで、日常に寄り添う
──栄屋製パンがつくるビールの特徴を教えてください。
当社では、パンの耳を原料にビールを作っています。焼きたての食パン1本で約1,300グラムですが、耳を切り落とすと完成品は約750グラムになるため、約4割が飼料用として処分されます。当社はサンドイッチ用パンを多く製造しており、毎日トラック1杯分の耳が飼料に回されていました。
他の麦芽のクラフトビールと比べて、ほとんど味の違いは分からないと思います。IPA、スタウト、ピルスナーなど様々なスタイルで、生産者やバーとのコラボを積極的に行っています。ラインナップの中では、アルコール度数4%で飲みやすい「American Wheat」が人気です。IPAは香りが強すぎず、食事に合います。最近は、クロモジを原料にしたお茶のような風味のビールも発売しました。
パンをアップサイクルした製品ではありますが、最終的にはパンを使ったビールだから選ばれるのではなく、純粋に美味しさで選んでいただきたいと思っています。パンもビールも、作り手から消費者に対しての愛情が大切。それを最も表現できるのが美味しさだと思うからです。原料のパンは、均一な品質であればあるほどビールの味を安定させます。業務用に日々高品質なパンを作る職人技だからこそ、ビールをおいしくしているとも言えるでしょう。
──製パンから酒造へ異業種参入したきっかけを教えてください。
サンドイッチ用パンの製造に伴うロスが多いことに、ずっと悩んでいました。毎日職人が早朝から出勤して高品質なパンを作っているのに、その半分近くがお客様に届かないことが心苦しかったのです。
そんな中、新型コロナウイルスの影響で休校が相次ぎ、給食用パンの製造が打撃を受けました。いつものように山積みにされたパンの耳を見ていて、「どうにかして新しい事業に結びつけられないか」と考えたのが始まりです。
調べてみると、海外にはパンから作る「トーストエール」というビールがあることを知りました。製法を調べるうちに、「毎日同じ配合でパンを安定供給し続けている当社は、トーストエールを作るのに最適なパン屋なのでは」という想いが強くなりました。
そこで、本業のかたわら1人でビール醸造の勉強を始めました。社内では賛同の声は少なく、ビール事業部の始まりは孤独そのもの。正直、とても不安でした。
OEM後、急ピッチで自社製造に切り替え
──酒販・酒造に参入する際に感じたハードルを教えてください。
ブルワリー60社以上にメールを送り、なんとか数社とOEMの契約を結ぶことができました。ブルワーの方とお話しして「パンとビールの作り方って似てるな」と。比較的、事業のイメージがしやすかったです。
とはいえ、自身で取得した「酒類販売業免許」は手続きが煩雑でしたね。本社の一部が農地で、地権者へのやりとりが必要となったのは予想外でした。この時、農業委員会のことを初めて知りました(笑)。税務署などの関係各所を行き来し、書類を何度も修正しながら、2ヵ月ほどかけて手続きを完了しました。
OEM製品を展示会などのイベントで紹介したところ、好意的な反応が多く手応えを感じました。東京ビッグサイトからの帰り道、「他社よりも早くしっかりとした事業に育てたい。自社で製造までやろう」と決意したのを覚えています。
──2022年にOEMを開始した後、2024年2月5日に自社ブルワリーをオープンされています。急ピッチで酒類製造免許の取得を決めました。
トレンドの変化が激しい業界で、事業化のスピードは非常に重要です。キャッシュフローが限られた中小企業では、早期に収益化しないと事業継続が難しくなります。
当時は国内にトーストエールの競合が少なく、「サステナビリティ」や「グリーンウォッシュ」の言葉が流行していました。あらゆる企業が、エシカルマーケットへの向き合い方を模索していた気がします。そこに埋もれず、誠実にパンを作ってきた当社ならではのこだわり、ストーリーをいち早く伝えたかったのです。
知り合ったブルワーの方、幼馴染の酒蔵の方にアドバイスしてもらいながら、手続きと機材の導入を進めました。機材の設置方法がわからなかったり、関係業者の方と初めてやりとりしたり、同時並行で進めました。ものづくりに関連した技術の話、設備導入などは好きだったので、楽しかったです。
酒販免許の取得に苦労したことや、周囲からの「酒造免許は専門家に頼んだ方がいい」というアドバイスもあり、アクセス行政書士法人さんにお願いすることにしました。現場を回すため、製造経験者も招聘しました。
──酒造免許の取得をアクセス行政書士法人に依頼した決め手を教えてください。
2023年の夏頃、予想外に「事業再構築補助金」の交付と、2024年3月開催のイベントへの出展が決まりました。つまり、6〜8ヵ月で免許を取得しなければならない状況でした。
大浦さんと直接メールでやり取りをした際、他の事務所と比べてレスポンスが早く、専門性が高いと感じてお願いしました。通常、酒造免許の審査には4ヵ月かかるとされますが、おかげさまで年度内に製造を開始できました。
特に、最初に申請のロードマップを提示してもらい、優先度の高い手続きを順番に案内されたことが助かりました。私はとても焦っていたのですが、大浦さんは落ち着いていて安心できました(笑)。
次は「パン飲み」の場を広げていきたい
──今後の御社の目標を教えてください。
工場のタンクはまだフル稼働していないため、体制を整えて増産していきたいです。サステナビリティに着目する企業から継続的にオファーがありますので、今後もコラボを続けていきます。
ゆくゆくは、パンを肴にお酒を楽しむ「パン飲み」の場を広げていけたらと思っています。お酒に合うパンの企画・開発はもちろん、新たなお酒のラインナップも展開します。パン由来のアルコールでジンを製造する予定で、その際には引き続きサポートをお願いするつもりです。引き続き、アクセス行政書士法人さんには迅速な対応と高い専門性を期待しています。
──貴重なお話をありがとうございました。
まとめ
・パン製造の廃棄の課題を、クラフトビール製造参入により解決
・ビールの原料としてアップサイクルされることによりパン製造スタッフのモチベーションアップにも成功
・パン×クラフトビール=「パン飲み」という新しい強みを獲得
・事業経営にあたり大切にしていることは決断とスピード
・ものづくりに誠実にという一貫した姿勢が結果的にサービスの付加価値を向上と事業成長の好循環を生んでいる